当寺院の史料の明治33年(1900)の頃に「今年六月立山弥陀原野二安置ノ蓮座ノ阿弥陀佛、女川磯次郎ノ盡力二依リ当山ノ法寶トナリ」と記載がある。平成26年に行われた富山県立山博物館と富山考古学会による協同調査では、背面に「文暦二年」の銘文が見られ、これは鎌倉時代前期である文暦2年(1235)に造られた、国内で三番目に古い非常に貴重な鉄製の仏像であることが判明した。また両手首は失われ、「上品下生」の印相をした木製の手がはめられている。先の調査では立山弥陀ヶ原に祀られ、その語源となった仏像の可能性があり、立山信仰(注3)との関連が指摘されており、国の重要文化財クラスの仏像であると評価を受けている。平成27年4月~5月には富山県立山博物館で開催された「立山の至宝展」へ依頼を受け、この鉄造阿弥陀如来坐像を出展した。現在も関係者による更なる詳しい調査が続けられている。


(注3)天台密教や浄土教の影響を受けながら、雄山神社を基軸に独特の信仰体系を確立してきた神のおわす尊い山として崇められてきた立山は、 神から特別な力を賜る修験道の一大興隆地として脚光を浴びた。熱湯噴き出す地獄谷に奈落の世界を見、そして安寧待つ極楽浄土に夢を馳せた。